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WackyFactory 管理人室

でたー!

http://www.apple.com/jp/macbookair/

とうとう。
Core i7 と 256GB の SSD。バックライトも復活。
ソッコー飛びつく。

OpenBlockS 用の APC Smart-UPS シリアルケーブル自作

OpenBlockS 266 & 600 用の APC Smart-UPS シリアルケーブルを自作。以下結線図。


■OBS600用

RJ45 ---- DB-9F
6(RxD) ---- 3(TxD)
3(TxD) ---- 2(RxD)
4(GND) ---- 5(GND)


■OBS266用

RJ45 ---- DB-9F
4(RxD) ---- 3(TxD)
5(TxD) ---- 2(RxD)
1(GND) ---- 5(GND)

ちなみに OS は Debian、UPS 監視は apcupsd。

  • Posted by: WAKI Toshihito
  • 2011年3月22日 22:46
  • 日常

アタシは昔っからデキモノ体質で、疲れていたり体調が悪かったりすると、しょっちゅう吹き出物というか、おできができるのである。先日も鼻の頭に、しかもご丁寧にも右と左に交互にひとつずつデキモノができて、左側のがしばらく治らず、ずっと赤いままだったんである。で、今日鏡を見てみたら、赤い部分の中心に、なにやら黒っぽい芯のようなものが見える。なんだろうと思い、針でちょこっとつっついてみた。そしたら。

えっ????

5mmほどの黒いものが、ぴゅっ、と飛び出してきた。若干の膿混じりの血液とともに。

hanage.jpg

どうみても、これ、鼻毛だよねえ???
内側に生えているべきものが、表皮を突き破って表に、いや、鼻毛にしてみれば裏か、出てきたってことか?

鼻翼(っていうのか)って、薄いんだねえ。と妙なところに感心。

命の目安

  • Posted by: WAKI Toshihito
  • 2011年2月17日 00:34
  • 日常

少し前の記事だけど。安野光雅が、こんなことを言っていた。

おやじが死んだ72歳が「命の目安」になった

この感覚は、いまはとてもよくわかる。父が63で死んで、自分の命の目安はそこにある。

子供が生まれてから5歳までの人生と、記憶にある5歳ごろからの自分の人生と、40を過ぎてから死ぬまでの父の人生と。それらがごく自然につなぎ合わさって、1本の糸になった。

そうか。

こうやって生まれて、こうやって生きて、こうやって死ぬんだ。そのことが見えて、死ぬことがすんなり受け入れられたような気がする。

もちろん、さいごは苦しむのだろう。なにしろこれだけたくさんの親類が、同じ病で死んでいる。そして、あろうことか、...いや、やめよう。ともかく、間違いなく自分もその運命にある。だけれども、不思議と怖くはなくなった。

なにかで書いたかもしれないが、中学生くらいまで、死ぬことが怖くて仕方なかった。なぜ生まれて、なぜ死ぬのか、それが知りたかった。いまも、その疑問に対する答えは見つからない。けれども、ごく自然に、そういうものなのだと思える。それは、父が身をもって命の終わりを示してくれたから。

あと20年ちょっと。

リハビリ→筋トレ

  • Posted by: WAKI Toshihito
  • 2010年10月19日 02:42
  • 日常

なんだかんだでリハビリは続けている。根本的には、首の問題というより肩まわりの問題っぽい。あるとき気づいたら右腕が全然あがらなくなっていた。つまり四十肩ってやつですね。情けない。

ついで?なので、ストレッチや運動療法とあわせて、筋トレなぞ始めてみた。なにしろここ数年毎年、夏になると首の炎症を起こして起き上がれなくなる状況が続いている。このままいくと自分の体さえ自分で支えられなくなるな、やばいぞ、ってことで、まずは上半身を中心に、腕、肩、胸あたりを。なにもムキムキになりたいわけじゃなくて、動物として最低限の生命力を維持したいということだったんだけど、始めてみたらこれが結構おもしろい。2週間ほどで明らかな変化が出てきて、いま一月半くらいだけど確かに上半身の体型が変わってきている。体の出力があがった気がするし、気温の感じ方も変わった(多少低くても半袖で平気)。なにより、あの激烈な頭痛に悩まされることがほぼなくなった。これはありがたい。

調子に乗って、こないだからプロテインなんぞ飲み始めてみた。効いてるのかどうかわからんけど、結果的には体脂肪を減らしつつ体重増加中。現在体脂肪率16%くらいで体重62.85kg。一月半で2kg弱の増加。こうなってくると、食べるものも非常に気になってくる。それまでそんなものみたことなかったくせに、何か買うにつけいちいち裏面をひっくり返し、成分表示(脂質やタンパク質の量)をチェックする有様。

なんかちょっとナルシストっぽい気もするんだけど、そうではなくて、自分自身の体と向き合うことは、現代人の生活を続ける中で生き物らしさを失わないためにたぶん必要なことだし、もちろん楽器を吹く上でも非常に重要なこと。生きるということに直結する(そして楽器を吹くことにもよい影響がある)と思えば、それほど難しいことでもなく長く続けられそうな気がする。

10/16-10/17 NABEOブラスアンサンブルフェスティバル

  • Posted by: WAKI Toshihito
  • 2010年10月19日 02:05
  • 音楽

NABEO(日本アマチュアブラスアンサンブル組織)のブラスアンサンブルフェスティバル@埼玉戸田に出演。ガンマブラスアンサンブルとクレンツェ金管四重奏団の2団体掛け持ちで。自分の課題はいくつも。とりわけクレンツェの最後でやばくなったときのリカバリーを大失敗したのが痛恨。けれども全体としてはまあ及第点だったのだろうと思うことにする。

2日間通してさまざまな団体の演奏を聴いた。若手の瑞々しい音色は心底うらやましいし、年寄り連中の場数を踏んだ老獪な?演奏にも学ぶところは多かった。が、個人的に一番心に残ったのは、ピストンクラブのブランデンブルク6番だった。コルネット、トランペット、フリューゲルホルン、G管ビューグル、F管アルトトランペット、Es管アルトホルン、バストランペットの7重奏。かつて自分もあの中にいたこともあって、あの演奏に至るまでに乗り越えたはずの多くの苦労が手に取るようにわかるので、なおのこと感動した。編曲も、すべて異なる楽器を用いるというアイディアは、たぶんピストンのメンバーならみんな考えつくことだけど(普通の人はそうではないらしい、というのは、あの編成は超マニアックだねえ、とかあちこちで言われていたから)、その微妙な音色感の違いを踏まえつつ、全体として一体感のある音楽にしていたのが素晴らしかったと思う。やっぱりバッハで十重奏は重すぎるしフレキシビリティに欠ける。その点で、ピストンクラブの音色的な軽快さと機動性が見事に生かされていたし、音楽的な演奏内容においても、ちゃんとバッハが聞こえていた。ブラボー、お見事でした。客席からみんなの演奏を聴きつつ、いつもあの中にいたんだなあと思って、なんだかちょっと寂しくもあった。

打ち上げはいつもどおり大盛り上がり。新たな人脈などもでき、収穫大。

ああ、あと、アレンジ依頼などもあり。いいもの書けるようにがんばります。

リモージュ日記6

8/24、帰国の日。朝から移動。パリで空き時間にデンデンムシを喰う。悪くない。カキはやめておいた。帰りの飛行機は行きと違ってかなり楽だった。首の調子も戻っていたし、隣の席も空席だったり、所要時間が少し時間が短いというのもあるし。

人のあたたかさを痛烈に感じた旅だった。音楽をやっていてよかったと思う。去年父が死んで、なんとなく自分もあと20年くらいで死ぬのかなと思い始めていたが、もう少し、なにかのために生きてもよいかもしれないと思った。ひとや、家族や、自分や。

首を痛めたせい(おかげ)で、自分の体と真正面から向き合えたのも結果的にはよかったと思う。体を細かく観察し、よく食べ(タンパク質!)、よく動かした。そういうことの中から、生きる力が生まれてくる。体があって、人は生きている。アタマ(心)だけでは生きられない。もっと自分の体を知りたいと思った。

成田から帰る車の中で携帯が鳴った。D○Cからだ。マウスピースの加工がやっと終わりました、と。ほんとはこれをフランスに持って行きたかったんだがなあ。

それともうひとつ、渡欧中はなにしろ良く喰ったから、絶対体重が増えていると思ったのだが、実際量ってみたら逆に1キロ減っていた。驚き。鏡に映った自分の姿を見ると、肩のまわりが締まったように見える。首も肩も、とにかくずっと動かしていたから、そのせいだろうか。もう少しがんばってみよう。

フランス演奏旅行、よかったです。また行きたいと思った。(行く前はすごく億劫だったんだけどさ)

リモージュ日記5

8/23、演奏会4日目。これも田舎町の教会で。

教会の響きにもずいぶん慣れた。一口に教会といってもいろいろな響きがあって、その会場ごとに音符の吹き方を調整して、きこえ方を整えていく作業が楽しい。

ここでも聴衆は熱烈であたたかかった。演奏は、個人的には5回の中で一番何とかなったかなと思う。あいかわらずいろいろとミスは多いのだけど。終演後、なにをどう気に入られたのやら、一人の女性にプログラムにサインしてくれとせがまれ、へたくそなアルファベットで自分の名前を書いた。フランス語で trompette と書こうとして綴りを間違い、あちらに訂正してもらう始末。まったくかっこわるいやらハズカシイやら。町の方たちにも分を越えた歓待をしていただき(なにしろ終演後のレセプションにほとんど全員ではないかと思われる数の聴衆が参加していた)、非常にありがたかった。滞在中ずっと同行してサポートしてくれた二人のスタッフ女性にも心から感謝。

宿に戻って、メンバーだけで部屋飲み。こういうのも久しぶりだ。楽しかった。最後だと思って飲み過ぎ。

リモージュ日記4

8/22、演奏会3日目。田舎町の教会でダブルヘッダー。バスで移動。

1カ所目、中世から続く歴史ある町。教会の響きがあまりに深く、かなりとまどう。本番中どう吹いていいかわからなくなって一部撃沈。しかしここでも観客は非常に熱心。拍手も盛大であたたかい。町の人たちは例によって熱烈歓迎ムード。市長自らいろいろと歓待してくれて、あれやこれやとおみやげを持たされる。(あとから思えば観光用資源の在庫処分のような気も)

2カ所目、こちらも歴史のある古い町(630年代から歴史に記録があるそうな)の、古い修道院に併設された教会。こちらの教会はまた一段と響きが深く、しかもぐるぐる回るいやな感じがなく、互いの音も聞き取りやすくてやりやすかった。唇の疲労がたまっていていろいろと難はあったが、とりわけ最後のヴォランタリーは気に入っていただけたようで、終演後何人もから声をかけられた。田舎町のおっちゃんおばちゃんなんだけど、なんだろうねえ、この雰囲気というか、音楽への距離感の近さというか。まあこれがまさに歴史ということなのかもしれないけど。まさに得難い体験。

首の調子はほぼ解消。そのかわりベッド生活で背中が凝る。ストレッチストレッチ。

リモージュ日記3

8/21、演奏会2日目。オペラ劇場でのコンサート。
観客がたくさん。300人くらい?ノリが非常によい。よいと思えば楽章間だろうがなんだろうが関係なしで、1曲ごとに盛大な拍手(口笛ぴゅー、とかも)。こっちが助けてもらっている感じ。
個人的コンディションとしてはかなり問題もあるのだけど、なにしろ楽しく、よいコンサートでした。

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