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父のこと

  • Posted by: WAKI Toshihito
  • 2009年9月25日 23:32
  • 日常

眠りについた父の傍らで、ラッパ片手にビールを飲む。久しぶりのヱビスはなんだかちょっと苦かった。聞こえるはずのない寝息が聞こえたような気がして目をやると、変わらぬ表情で父はそこに眠っている。

「10歳になったらお前にあれをやるからな」
そういっていた父は結局、10歳になる少し前にそのトランペットをくれた。母に黙って、就職して最初のボーナスを全部はたいて買ってきたというカワイの楽器だった。それから30年、自分はずっとトランペットを吹き続けている。

思い出の中の父はいまでも30代で、壮健という言葉そのままに、体中に力がみなぎっていた。その時期の自分は5歳くらいから中学校を終わるくらいまでの少年期にあたる。その頃、毎年のように車でキャンプに出かけて海釣りをしたり、山に入って虫取りをしたり、またなにかを作るといってはその手伝いなど、父にはいろいろなことを教わった。

それが10代も後半になると、いつか自分は家族という存在を疎んじるようになった。何回か、家族でどこかへ旅行に出るといっても自分は行かないと言ったりしたが、じゃあそのかわりにいったいなにをしていたのかというとよく覚えていない。そして18になったとき、大学入学とともに家を出て、その後は年に1回か2回、せいぜい1泊の帰省をする程度だった。家を出た後の21年間、父がどのような人生を送っていたのか、自分はほとんど見ていない。

父と息子とは、難儀な関係ですね。お父さん。
自分にも息子ができて、それが4歳になって、いろんなことが少しずつわかりかけてきました。40歳を目前にして、遅まきながら、ようやく、親の立場、子供の立場、その両方が見えてきたところでした。社会的な立場もやっと安定し、居を定めることもできました。だからなおのこと、これからいろいろなことを聞きたいと、話したいと、思っていました。

思い出したのです。忘れていたけど、疎んじてそっぽを向いてばかりいたその時期の前、たしかに私はお父さんが好きでした。少年の日々、たくさんのことを教わりました。そのひとつひとつが、いまの自分を形作っています。やっとこれから、21年分の不孝の埋め合わせができると思っていたのに。残念という言葉では表せないほど、後悔が渦巻いています。あのとき、自分も行くと言っていたら。もっとたくさん家に帰っていたら。

時おり、まぶたが動いたように見える。頭が動いたように見える。けれども、それはすべて錯覚。


2009年9月23日14時19分、父 和氣三雄、永眠。63歳。

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